
【インタビュー】nano.RIPE、2年半ぶりとなる最新作で伝えたい「自分の中にある初期衝動を大事にして作品を作ろう。」

今年、デビュー15周年を迎えるnano.RIPEが、2年半ぶりになる8thアルバム『光を運ぶもの』を3月12日にリリース。「初期衝動」をテーマに作りあげた本作は、収録13曲中10曲が書き下ろしの新録曲。いわゆるタイアップ曲を中心にではなく、今のnano.RIPEが伝えたい思いを詰め込んでいる。4月からは、同アルバムを手に8th ALBUM『光を運ぶもの』リリースツアー『ひかりをはこぶもの』も始まる。ここでは、最新アルバムに込めた思いを、ヴォーカル&ギターのきみコが語ってくれた。
気持ちが内側を向いてしまうのは、それがわたしの本質(性格)だからだと思います。
最新アルバム『光を運ぶもの』でテーマに据えたのが、「初期衝動」。まずは、そのテーマを掲げた理由から教えてください。

きみコ:nano.RIPEは今年デビュー15周年を迎えます。ここへ至るまでにもメンバーチェンジなど、いろんな経験を重ねながら進んできました。ライブではサポートメンバーを入れ、変わらず4人でやっていますけど、現在の2人体制になったとき、「今の形だからこそ、4人だけで奏でる音にこだわらず、いろんな楽器の音を入れて楽曲を作ろう」という話になり、それまでこだわってきたバンドサウンドという意識を変え、弦や鍵盤の音を入れるなどいろんな挑戦をしてきました。でも、2人の中にはずっと「nano.RIPEは、バンドサウンドを大事にやってきた」という意識もあったから、今回、「自分の中にある初期衝動を大事に作品を作ろう」と、互いに衝動へ導かれるままに楽曲を制作しました。それをまとめあげたのが、『光を運ぶもの』と題したアルバムになります。
きみコさんは、(ササキ)ジュンさんが作りあげた楽曲を聴き、そこで思い浮かんだ衝動を元に歌詞を書いたのでしょうか。
きみコ:基本はジュンが作ってきた楽曲を聴いて、思い浮かぶままに書いています。書き方も、先にタイトルを思い浮かべ、そこから連なる形で書くときもあれば、「今、自分は何を伝えたいのか」と、思い浮かぶままの自分の気持ちに素直に向き合って書いた歌詞もあります。衝動に身を任せるままに書いたことで、ときには自分でも予想もしなかった結末へ辿りつくこともありました。
そこは、曲を作ったジュンも一緒。彼自身、「こういう曲を作りたい」という自分なりの流行りを持って、短い制作期間の中でいろんな楽曲を書き上げました。その結果、「今、ジュンが書きたいのはこういう曲なんだ」というのが、どの曲からもしっかりと見えてきました。
nano.RIPEは、今年デビュー15周年を迎えます。初期衝動を大切に今も楽曲を作れる。その姿勢が素敵だなと思って。
きみコ:多趣味なので、いろんなことを始めては、辞めてしまうことを繰り返してきたけど、唯一バンド活動だけは一切飽きることなく続けています。nano.RIPEは、デビューから数えたら今年で15年周年を迎えますが、結成から数えたら20数年間活動を続けています。同業者からは「よく一つのバンドをそんなに長く続けられるね」と言われることもありますけど。何時の時代でも、nano.RIPEに会いに来てくれるファンの方々がいるからこそ続けていけるし、感謝もしています。活動できる環境があるのに辞める理由はないですし、ここまで長くバンド活動を続けていると、辞め方がわからないというか、辞めることに怖さも感じてしまいます。もちろん、メンバーチェンジがあるたびに思い悩むなど、葛藤した時期もありました。でも今は心もだいぶ軽く、楽しんで活動できています。
そうは言いながらも、アルバムへ収録した曲たちの多くで自問自答、自分の気持ちと向き合う内容を多く記していません?
きみコ:楽曲を聴いたときにするっと出てくる言葉へ導かれるままに歌詞を書いているからですかね。「今、楽しい」と思っていても、気持ちが内側を向いてしまうのは、それがわたしの本質(性格)だからなんだと思います。
nano.RIPEの場合、歌詞だけを読んで想像を巡らせてもらうのも楽しみ方です。
きみコさんの書く歌詞は、直接的な表現ではなく、その物事を想起させる言葉をいろいろと散りばめて書きますよね。だから、「これ、こういう気持ちかな?」と、いろいろ想像を巡らせることが多いし、そこに聴くうえでの楽しさを感じています。
きみコ:楽曲を聴いてくださる以上は、その人の聴くタイミングや心情によっていろんな捉え方が出来るように、表現に余白を作っておきたいんですね。だから、なるべく限定的な言葉で言い過ぎないようにしています。
それは、歌詞を読んでいて感じたことでした。たとえば埼玉・千葉・石川高校野球のテーマ・応援ソングとして流れた『クライマックス』なら、野球という直接的な表現を一切使わず、<アルプスの声>や<高く上がって放物線を描く>などの言葉を通して、高校野球の試合の様子を現しています。埼玉西武ライオンズ応援番組「LIONS CHANNEL」2025年度エンディングテーマとして流れる『果てなきブルー』なら、<果てなきブルー>や<気高き獣のように声を上げろ>の歌詞を通して埼玉西武ライオンズのことを表現。きみコさんの書く歌詞の場合、その曲ごとの鍵を握る思いを見つけるたびに、表現の卓越さに感心しますし、ますます歌詞の世界へ気持ちが没入していくんですよね。
きみコ:このアルバムには、『光のない街』のようにアニメのテーマ曲として書いた楽曲も収録しています。ありがたいことに、これまでにもアニメタイアップ曲という形で、自分の中からは生まれ出ない思いを、いろんなテーマを題材に書かせていただきました。一つのテーマに沿って書くことは、デビュー以降の活動の中ですごく勉強してきましたし、すごく面白い表現の仕方だなと思って楽しんでいます。自分の場合、「好き勝手に書いていいよ」と言われると、アルバムの最後に収録した『星とぼくの座標』のように、「宇宙」や「命とは」ということを書きたがるんですね。だからこそ、『クライマックス』や『果てなきブルー』のように、一つのテーマを広げて書いていくのも、すごく面白いなと思っています。ちなみに『星とぼくの座標』は、毎年プラネタリウムでライブを行っていることから、「プラネタリウム公演に似合う楽曲を演奏したいね」という思いを持って、星や宇宙をテーマに書きました。
どの曲も、歌詞のテーマが気になりますけど。たとえば『ジルコニア』は、どういうテーマを元に生まれた楽曲なのでしょうか。
きみコ:『ジルコニア』は先にタイトルを決め、そこから広げて書いた楽曲です。ジルコニアは歯科治療時に歯としても用いられ、人工のダイヤモンドとも呼ばれているほど美しい輝きを持つセラミック系の素材です。その言葉や意味も含め「素敵だなぁ」と思って書き始めたら、一つの物語になっていました。
とてもドラマを覚えると言いますか、いろんな想像や思いを巡らせる歌詞ですよね。
きみコ:もちろん音や歌に乗せた“楽曲”として楽しんでいただいてこそですが、歌詞だけをじっくり読むことで見えてくる内容もあるから、nano.RIPEの場合、歌詞だけを読んで想像を巡らせてもらうのもひとつの楽しみ方だと思います。
確かに、歌詞だけを読み進めることで見えてくる思いや意味もあります。もちろん、メロディーに乗ることで印象深く響く表現もnano.RIPEは多いですよね。
きみコ:音楽に乗せて聴くことでイメージの広がる楽しさもありますよね。ときに、イメージを狭めてしまうこともありますけど(笑)。実際、「この言葉を使いたい」と思っても、メロディーに乗せて歌うと伝わりにくい場合、メロディーに映える言葉に書き換えることもあります。
書き終えるのが寂しくて、あえて一行だけ書き直し、寝かせておくこともしています。
きみコさんは、曲を聴いたときにイメージがバーッと浮かび上がる方?
きみコ:歌詞は、あまり悩まずにバーッと書くほうです。どちらかといえば、ジュンのほうが楽曲制作に時間をかけるタイプですね。ときには1コーラスと全体の構成案をジュンからもらって、曲が完成する前に歌詞を最後まで書き上げてしまうこともあります。
えっ、ジュンさんの作業を…。

きみコ:追い越しちゃいます(笑)。わたし、書き始めたら止まらなくなるから、先に書き上げてしまうんですね。ただ、ジュン自身あとでメロディーを変えたり、曲の展開を付け加えたりもするので、最終的に歌詞の構成や表現を練り直すこともあります。わたし、歌詞を書くのが本当に大好きで、書いていると楽しくて仕方ないんです。だから書き終えるのが寂しくて、あえて一行だけ書き残し、寝かせておくなんてこともしています。
アルバムの冒頭を飾った『トロイメライ』には、夜に部屋で過ごしているときの孤独感や、自問自答している感情を書き記していません?
きみコ:<表と裏><光と影>という歌詞がありますが、自分の本質がそこであり、どっちもある感情で。続く『君に届くよ』は、ポップで明るい曲調だけど、歌詞はそうではないように、わたし自身が決してとびっきり明るい人間ではない。自分が本来持っている感情が影の部分だからこそ、そこは嘘偽りなく歌っていきたいので無理に隠さないようにしているし、自然に歌詞の中へ反映していったんだと思います。
思い悩み葛藤する気持ちもあれば、光射す未来を見る気持ちもと、きみコさんの中には両方の感情が当たり前に共存しているわけだ。
きみコ:そうですね。バンドも、人生もそうですけど。誰にも死が訪れるように,必ず終わりは来る。それをちゃんと見据えながらというか、何時だって頭の中に「何時かは終わる」という意識や考えを置きながら生きていたいなと思っています。
大人になると、見落としていることにさえ気づかないことだって出てきます。
個人的に好きなのが、『ぼくと大人とチョコレート』に記した<いつの日か夢を見落として見落としたことも見落として>の一節なんです。

きみコ:見落としたことに気づけるうちはいいけど、大人になると、見落としていることにさえ気づかないことが増えていくなと思って。たまに、お友達の子供と触れ合っていると、「あっ、こんな気持ち忘れていた」と気づくことがあります。そういう感情が、大人になるにつれて無くなっていくことが悲しいし、寂しいと感じるんですよね。これは『初期衝動』にも書いたことですが、人は変化していくことが自然なことだし、変化していかないと生きていけないのも事実。「変わってしまった」と思うよりは、「変われている」と思ったほうが気持ち的に楽だと思うし、あまりネガティブに考え過ぎないでいたいです。昔はネガティブに捉えがちでしたけど、今は自分自身そう思えるように変われたのかなと思います。
『錯月』へ込めた思いも気になります。
きみコ:『錯月』はまさに、葛藤・悩み・焦りみたいなものがワーッとなっている状態をギュッと詰め込んで書いた曲。普段は、なるべく難しい言葉を使わず自然に話している言葉で歌詞を書いていますが、『錯月』では、あえてわかりづらい歌詞にしています。
新作アルバム用の書き下ろし曲ではなく、元々あっていつか形にしたいと思っていた楽曲だったので、今回のタイミングで収録しました。今となっては、この歌詞を書いた当時の気持ちを細かくは覚えてないけど、いろんな風に思いや考えを巡らせている時期に書いたから、どこか捉えどころのない歌詞にもなっているなと、改めてそう感じました。
『リミット』の歌詞も気になるんですよね。
きみコ:この曲は、nano.RIPEの終わりを見据えた曲。人の命が何時かは尽きるように、nano.RIPEも何時かは終わりを迎えます。その現実を見据えてといいますか、その事実から逃げずにいたい気持ちを書きました。今のわたしは、自分のやりたいことをやれて、生きたいように生きることが出来ています。だけど、その影では、そのために誰かを傷つけていることだってあるかも知れない。いろんな人と関わっていくなか何かを求めるうえで誰かを傷つけたり、何かを失うのは避けられないこと。だからこそ、せめて目の前にいる人や自分が大事だと思っている人・物事をないがしろにはしたくない、しっかり向き合いたいと思っていて。そういう気持ちを持って『リミット』の歌詞を書きました。
それがどんなことでも、終わりを見据えるのは大切なことでしょうか?

きみコ:わたしの場合は、そうですね。バンド活動において、今のところ「辞めたい」と思ったこともないし、「解散しよう」という話題が上がったこともなければ、バンド自体順調に活動は出来ています。とはいえ、自分の気持ちだけではどうにもならないことが出てくる可能性もあるじゃないですか。たとえば、わたしかジュン、どちらかが身体を壊してしまい、活動したくても出来なくなることだって無いとはいえない。わたしはライブをやるたびに、頭の片隅に「もしかしたら、これが最後かも知れない」という思いを持っています。だからこそ、より一層好きなことに没頭している時間を愛おしく思えれば、大切にしようとも思います。何事もそうですけど、わたしの場合は終わりを見据えたほうが、一つ一つを大事にしていけるのかなと思います。
完成したアルバム『光を運ぶもの』、今のきみコさんにとってどんな作品になりました?
きみコ:8枚目にして最高傑作が出来ました。じつは、前作を作ったときもそう思っていましたけど。それをしっかり超えられたと思っていますし、これが今のnano.RIPEだと自信を持って言えるアルバムになりました。
今回のツアーでも、なるべくたくさんの持ち曲を披露したいなと思っています。
4月からは、アルバムを手にした全国ツアーがスタートします。nano.RIPEは、ツアーもコンスタントに行っていますよね。
きみコ:今回は、アルバムを引っ提げた全国ツアーになりますが、リリースがあってもなくても毎年1-2回は全国ツアーをしています。ライブをやらないのなら活動をしている意味がない…とも思えるくらい、ライブをすることは大好きです。
4月から始まるツアーでも、いつものように回っている東名阪や、アニメ『花咲くいろは』を通して出会った金沢に足を運びつつ、久しぶりに福岡や北海道に行けるのも楽しみです。nano.RIPEは、2015年に47都道府県を回るツアーをしました。そのときにどの地域にもnano.RIPEを待っている人たちがいることを知れたから、またみんなのもとへ帰りたいなと思いながらいつもツアーを組んでいます。
今回のツアーは、アルバム『光を運ぶもの』を軸に据えた内容になりますが、他にどんな楽曲を披露するのかも楽しみです。
きみコ:今回はアルバムのリリースツアーなので、最新アルバム『光を運ぶもの』へ収録した曲たちを中心に行いますが、私たちはツアーでまわる会場ごとにどれだけ楽曲を入れ換えられるかを心がけてライブを行っています。今回のツアーでも、なるべくたくさんの持ち歌を披露したいです。
nano.RIPEの場合、めちゃくちゃ持ち歌がありますよね。
きみコ:デビューから数えても150曲以上はあるのかな?!ライブをやっていると、反応の良い曲や人気曲を定番曲としてやりがちですけど、それでも「あの曲が聴きたい」というレア曲を求めてくださるファンの方々がかならずいます。nano.RIPEのいろんな曲に思い入れを持ってくださる方々がいるからこそ、その気持ちをないがしろにはしたくないんです。さすがに1ツアーで持ち歌すべての披露は難しいですが、少しでもその期待へ答えられるよう、レア曲たちも責任を持って届け続けたいなと、毎ツアーごとに心がけています。ぜひ、会場に足を運んでください。一緒に楽しみましょう!!
アルバムへ収録をした、ほとんどの楽曲に、「光にまつわる言葉」が入っています。
『光を運ぶもの』というアルバムタイトルも素敵ですよね。

きみコ:これまでにnano.RIPEが発売してきたアルバムのタイトルには、5thアルバムの『スペースエコー』以外、かならずタイトルに「の」を入れています。理由は、ずいぶん前に「”の”の入っているタイトルの作品はヒットする」というジブリのジンクスがあるのを聞き、それにあやかって始めたからなんですけど。これまでは『星の夜の脈の音の』や『プラスとマイナスの仕組み』『涙の落ちる速度』など、「の」を接続詞として使っていましたが、今回は『光を運ぶもの』とトリッキーな使い方をしました。
その理由が気になります。
きみコ:わたしは、使っているギターにすべて名前をつけていて、今メインで使っているギターの愛称が「ルーク」。その言葉には「光を運ぶもの」という意味があります。その言葉を気に入っていたし、今回のアルバムの内容にも繋がるのでこのタイトルにしました。ちなみに、唯一「の」の入っていないアルバム『スペースエコー』については、このアルバムのリリースを最後に、当時のベースとドラムがバンドを抜けることが決まっていたので、「今のnano.RIPEとしては最後」ということもあって、今までとちょっと違うことをしたくて「の」を使わないタイトルにしました。
アルバム『光を運ぶもの』に収録した曲の多くが、影を見据えつつも、光を求める内容が多いように、確かに似合うタイトルですよね。
きみコ:アルバムへ収録をする曲たちを並べたら、ほとんどの楽曲に「光」、もしくは「光にまつわる言葉」が入っていました。光って、「希望」として使う場合と、「届かないもの」として使う場合の両方あるじゃないですか。実際、光があるからこそ影があるように、表裏一体化したものは、人の心模様にも重なること。そういう気持ちを書いた曲たちを詰め込んでいるから、『光を運ぶもの』というタイトルにしています。
なるほど、納得です。最後に、「媒体名である、Lotusは直訳すると花の蓮という意味になります。本作を花や植物に例えるならどんなイメージになる」のか、ぜひ教えてください。
きみコ:「ひまわり」です。太陽に向いて咲いているということも含めて、まさに、ひまわりのような作品になりました。
TEXT 長澤智典