【インタビュー】Amber’sが3rdシングル「Unchain×Unchain」をリリース。新たな名刺を手に入れたと話すこの快作についてたっぷりと話を聞く。
Amber’sが7月31日に3rdシングル「Unchain×Unchain」をリリースした。本作は、TVアニメ『⻩昏アウトフォーカス』のEDテーマである「Unchain×Unchain」の他、メッセージ性の強い「25時間」の2曲が内包される。「力を持っている楽曲、空気が変わる2曲」と福島拓人は言う。Amber’sにとってとても大切な作品となった本作。2人にじっくりと話を聞いた。
2人の音楽ルーツとは?
まずは、Amber’sのことをよく知るためにお二人の音楽ルーツを伺えればと思います。
豊島こうき(以下、こうき):僕のルーツは70年代とかの歌謡曲。一緒に暮らしていた祖母の影響で音楽を聴いていました。さだまさしさんのフォークデュオであるグレープなど、そういった歌謡曲を聴いて育ちましたね。
福島拓人(以下、拓人):僕は、父親の影響で70年代〜80年代の洋楽。よく車でレイ・パーカー・ジュニアが流れていたり、自分の父親が洋楽好きということもあって、初めて武道館でライブを観たのもエリック・クラプトンだったりとか、その辺りのジャンルが多くて。実際に自分たちが楽曲を作る時になっても、THE80年代の楽曲のエッセンスが自然とあるなとは感じます。
福島さんがギターを始めたのも、エリック・クラプトンなどの影響がありますか?
拓人:そうですね! いちばん最初は邦楽の曲をコード弾きで練習していたんですけど、ある程度弾けるようになってからは、エリック・クラプトンもそうだし、クラプトンが誰を尊敬していたのかを深掘りしていって、ブルースがカッコいいなと思い始めたり。僕が聴く音楽は80年代の洋楽の方が多いけれど、ギターのルーツを辿るのも好きでジミ・ヘンドリックスから来て、スティーヴィー・レイ・ヴォーンがいてとか、そういうところでギターカルチャーにハマり熱中していた時期もありますね。
なるほど。一方でこうきさんは歌謡曲から変遷を辿っていかれると思うんですが、そこからどのような音楽を聴いていかれるのでしょうか?
こうき:音楽ジャンルとしては、一気に時代が飛ぶんですけど、当時流行していたGReeeeN(現GRe4N BOYZ)とかAqua Timez、レミオロメン、流行っているものはなんとなく聴いていて。その中でもUKロックに衝撃を受けました。自分で初めて音楽ってどんなものがあるんだろうと漁って見つけたのがUKロックなんですよね。The 1975とかはめちゃくちゃカッコいいなって思いますね。
拓人:そう考えると自分たちって好きで熱中しているものがもちろん軸としてあるんですけど、雑種と言われたら雑種なのかもしれないですね。例えば、ハードロックが好きならハードロックしか聴かないという人もいると思うけど、僕たちはもちろんハードロックもカッコいいと思うけど、そのジャンルと違ったジャズもカッコいいと思えばそこにもハマるし。聴いて育ってきたものは歌謡曲と80年代の洋楽という軸があるけど、それじゃなきゃ嫌という感覚はなくて、現に今自分がハマっているものは、USよりUK寄りのものになっているし、その辺りは幅広くカッコいいと思ったものを追求しているところはありますね。
Amber’sの楽曲はジャンルレスだし、1枚のアルバムに収録される楽曲のジャンル感も幅広い。その辺りからもお二人の“雑種”という嗜好が垣間見られますよね。
拓人:確かにそうかもしれない。
さまざまなルーツがある中で、こうきさんが歌い始めたキッカケは?
こうき:夢を持って、音楽で食っていこうという思いはもともとなくて。自分で見つけたというよりも、亡くなってしまった親友がいるんですけど、彼に遊びで作った曲を聴かせたとき、「音楽をやった方がいい」と言ってもらって。それが最後の言葉くらいの感覚。「お前は、音楽をやった方がいい」という言葉を受けて、真剣にやってみようと思ったのがキッカケです。
それまでは全く音楽の道に進むことを考えてなかった。
こうき:全くですね。鳶職になるのかなと思っていましたから。
こうきさんの声に拓人さんは惚れ込んだということですが、具体的にはどのようなところに魅力を感じたんですか?
拓人:SNSっていろんなものが流れてくるじゃないですか。最初に声を聴いたのがSNSなんですけど、その中でも彼の声は埋もれないというか、他とは全く違うなと思ったんです。たった数秒間でガッと掴まれた感じがありました。僕は、クイーンがすごく好きなんですけど、声質が似ているとかそういうことではないけど、彼の声からはクイーンを連想することが出来た。自分の好きなアーティスト像と同じような、真ん中に立っている姿を想像できたんです。彼の声を聴いていると勝手に夢が広がっていく感じがあって、一緒にバンドをやりたいなと強く思いました。
フレディ・マーキュリーとリンクした。でも、その感じは分かる気がします。
こうき:じゃあ、脱ぎましょうか(笑)。今日はインナーにタンクトップを着ているので!
言葉を交わしただけで、この人とやりたいと思った
そこから、Amber’sはどのように結成されるんですか?
拓人:それこそSNSで彼を見つけて、彼とやりたいと思ったんですけど、まずは実際にライブを観に行きたいと思ったんです。すぐにライブ情報を調べて、チケットを買って行って、出待ちして、思いを伝えて。いわゆるナンパみたいな感じですよね(笑)。そこからしばらく返信がなかったんですが、連絡が来てそこからスタジオに一緒に入って。
正直、それまでは音楽という部分でしか、豊島こうきという人間を見てないし、それしか情報がなかったからそこで判断していたけど、実際にバンドは人と人との繋がりが重要な生き物ということは昔からバンドをやっていた分感じているところではあって。でも、彼とは波長的な部分でもすごく居心地が良かったし、長く続けていく上で心配な部分が全くなかった。むしろずっとやっていたいなと思えたので、自分の中ではどんどん確信に変わっていった感じですね。
こうきさんは声を掛けられたときのことを覚えていますか?
こうき:当時、ソロ活動をしていたんですが、「バンドをやりたいんです」と口にはしていたんですね。なので、10組くらいから誘いを受けていて。それもあって、返信が遅くなったんですよ(笑)。精査を重ねて最後に会ったのが拓人で、ギターの技術も知らないし、見た目もチャラいし、正直合わなそうだなと思ったんですけど……(笑)。
スタジオに入って言葉を交わしたら、この人がいいなと。彼とだったら上手くやっていけそうと思った。2時間くらい話しただけで、ギターの技術も知らないのに「やりましょう」と結成した感じです。
どういった部分で、お二人は共鳴されたんでしょう。
こうき:音楽の話もそうだし、映画の話、それぞれの地元の話、友人の話、そういった面で感じることを共有しあったときのリアクション。そういうものが合うなと思ったんです。
素敵ですね。きっと、なかなかない出会いですよね?
こうき:そうかもしれない。他に誘っていただいた方たちとはスタジオに入って、カバー曲をやってみて、「もっとこうしたいね」と話すのが普通だと思うし実際にやっていたんですよ。だけど、なんかしっくり来ないなというのがあったんだけど、拓人と会ったときはそんなことよりも人間性がバシッとハマった。「これだ!」としっくり来たんです。
コロナ禍を経験したからこそ感じる、特別な感情
なるほど。2017年にAmber’sを結成され、2022年にはメジャーデビュー。着実にステップアップされている印象がありますが、活動を続けていく中で感じる手応え、逆に苦悩のようなものはありますか?
拓人:デビューしたタイミングはもちろん、今よりコロナが騒がれていた時期ではあって。出来ることをしようとSNSを頑張っていて、もちろん今も頑張っているんですけど、当時に比べると今はライブもできるようになったし、実際に自分たちが企画を組んでライブをしてみようという動き方もできる。画面越しのファンとの交流からリアルに会うというところに切り替えたわけではありませんけど、そっちの部分も頑張ってきた感じ。そうすると、やはりリアルの大切さを肌で感じるんですよね。直接じゃないと伝わらないことがある。それによってできた楽曲もあるし、コロナに悩まされていた当初の経験が今に活きているなと思います。プラスに捉えるならば、コロナ禍を経験してよかったと思えるくらい。マイナスを知って今の現状をありがたく思える。それがなかったら、淡々とこなしていたかもしれないなと思います。当たり前じゃないんですよね、楽曲を作ることもライブもすることも。デビュー当時よりも今の方が圧倒的に思いが強いですね。
こうき:本当にそうだよね。曲を直接届けることの大切さは肌で感じています。デビュー前自分たちで初めてCDを作って、遠征に行って、これからやっていこうというタイミングで訪れたのがコロナ禍。だから自分たちの楽曲をどんな人が聴いてくれているかも分からない。スタートからそんな感じだったので、少しずつ「こんな人が聴いてくれているんだ」と実感していった感じなんです。そこからリスナーの顔を見て、人間性を知っていくと制作する楽曲に変化があるんですよね。最近だとありがたいことにライブもやらせていただけていますし、仲間も増えてきた。自分たちの楽曲の作り方の幅も楽曲に乗せる言葉も変わってきたなとはすごく思います。時を重ねるごとにAmber’sとして成長できている。楽曲を通してそう感じてもらえるんじゃないかなと思っています。
やはり、コロナ禍は大きなポイントではありますよね。
こうき:大きいと思います。
拓人:もちろんライブが飛んだり、マイナスなこともあったけど自分たちって曲を作るのがめっちゃ好きなんだなって気付いた時期でもあるんです。当時、死ぬほど書きまくって、それが全く苦ではなかったし、むしろ楽しかった。マイナスの雰囲気がある世の中だけど自分たちで機嫌を取るじゃないですけど、「これをやっている時が楽しい」と思えることを見つけることができた。ライブはもちろん楽しいけど、黙々と作業することも好きなんだなと実感した期間ですね。
いいですね。曲も大量に制作されたんですね。
拓人:めっちゃ作っていましたね(笑)。
こうき:自分たちはデモの段階では番号でタイトルをつけるんですけど、結成してから770番くらいまであるんですよ。コロナ禍のときで500個くらいは作りました。
500ですか?! それはすごい!
こうき:それをそのままSNSにアップして、皆さんの反応を見て、「じゃあ、次はこういうのをやってみようぜ」という感じでやっていましたね。
SNSである種、モニタリングされていたんですね。曲作りはどのようにされていくんですか?
拓人:パターンがいくつかあって、僕はトラックメイクするので自分がカッコいいと思うトラックを作って、こうき君に聴いてもらって、それにどういうアプローチにするのかは任せる作り方だったり、もちろんこうき君が弾き語り出身ということで、彼が弾き語りから作ってきたものを僕がアレンジすることもあったり。互いにアイデアを交換して役割分担をして制作することが多いですね。
信頼感がなければ出来ない制作方法でもありますよね。
こうき:それはそうかもしれないですね。
作詞はこうきさんが担当されていますが、どのあたりにポイントを置かれていますか?
こうき:やはり、どんな人が聴いているのか、どんな人に届けたいのかというのがまず1番最初。ターゲットを決めてから、どう伝えるのかを考えます。それがある意味、テーマやタイトルに繋がってくるんですけど、それが一番大事なんですよね。それさえ決まってしまえば、あとは自分なりの言い回しをしていけばいい。考える順番は決まっていますね。